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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

クリシュナと言う名の少年に出会った

                 ≪九月十三日≫    -壱-



  眠れない夜が、ここ二、三日続いている。


 何も気にかける事など・・・・ないはずなのに、眠るのが午前3時頃

になってしまっている。


 ところが、朝は早いときている。


 午前八時半、いつものように朝食を取りにドラゴンへ。



  その足で、二日間も行っていなかった、”General Post 

Office”へ向かった。


 営業時間が、午前十時という事で、先にお世話になるバス会社を訪れ

た。


 事務所と言っても、二坪ほどの小さなもので、中には机が一つあるだ

け。


 そこに、髭をたくわえたおじさんが一人座っている。


 このバスは、インドとの国境の街”Birgan”まで走っているはずだ。



       俺 「おっさん!Birganまで、一枚おくれ!」



  言葉は分からない。


 それでも、Birganという発音さえわかれば切符をくれるのだ。


 このバス会社のバスは、ここカトマンズ~Birganのダイレクトルート

しか運行していないのだから。


 一人、24.4Rs(540円)。



  小雨だが、昨夜からずっと降り続いている。


 傘をさして歩く。



                    *



  昼食をとりに出かけた時、闇やに遭遇した。


 US$5を70Rsにて交換する。


 銀行だと、一ドル≒12.5Rsだから、少しレートは良い。


 もっと大きなドルだと、もっとレートはいいはずだ。


 両替したお金も、上下の服といろいろお土産を買って、すぐなくなっ

てしまった。



  昼食をマンダリンでとった後すぐ、部屋に戻り買ったばかりの

服を試着してみる。


 
       俺「なかなか、いけるじゃないか!」



  そう思ったのもつかの間、急に身体が痒くなってきた。


 たぶん、南京虫。


 正式には、トコジラミと言い、褐色で体長5ミリ。


 英語では”Bed Bug”と言う。


 昼間は寝ていて、夜になると吸血活動を開始する、厄介な奴だ。


 血を吸われる時、痛みを感じない為、あっという間に100箇所以上食わ

れてしまう、恐ろしい虫なのだ。



  服を良く見ると、目に見える大きな虫も出てきた。


 さすがにすぐ服を脱ぐが痒みは止まらない。


 早速、シャワーを浴びる。


 だいたいこのところ、無神経になり過ぎていたのかも知れない。


 これは警告なのかも。


 店で買った服を洗いもせずすぐ試着するなど、どこか間が抜けている

と言われても仕方がないではないか。


 現地で購入した衣類は、一度洗って天日干しをしてから着る。


 これって、教訓のはずなんだけどね。



  とうとうネパールも、明日抜ける。


 落ち着きのある、優しい街だが、一週間もいるとさすがに退屈で、も

う心はインドに向いている。


 日本を出て、いつも先々の国に入る事が不安でたまらなかったのに、

ここネパールまで来て見て少し自信と言うものが、沸々と湧き出てきたよう

に思う。


 これなら、ヨーロッパまで何とか行けそうな気がしてきた。



  カトマンズはトリッキングの街。


 本来なら、エベレストをまじかに見て、麓をトリッキングするのがこ

この旅なのだが、それもすることなく去ることになる。


 もう、夕闇が迫って来た。



                    *



  午後4時から一時間、小雨の中一人で”Patna Park”を一周し

ながら最後の日の別れを惜しむ。


 小雨のせいか、何もかもが霧のようなもので全てが霞んで見える。


 散歩の後、最後の夕食を取り、近くのレストラン&Barに入った。


 踊りのないディスコと言う感じのBarde、薄暗い照明とタバコの煙でム

ンムンしている。


 毛唐たちで溢れている。



  テーブルにつくと、すぐウエイターがやって来た。


 ウエイターと言ってもまだ子供で、・・・(十二、三歳の男の子)私

服のままテーブルを周りを歩き回っている。



       俺「ワン・ビア!」



 暫くすると、ウエイターの少年達二、三人が、俺のテーブルへや

って来た。



       少年「コンニチワ!」



  日本語で話し掛けてきた。


 その中の一人が”Krishna(クリシュナ)”、18歳。


 この国には、この手の名前が多い。


 片言の日本語と英語をチャンポンにして喋りかけてくる。



       俺  「何か食べるかい?」


         少年達「ええっ!食べても良いのかい!」


         俺  「ああ、欲しい物があったら注文しなよ。」


         少年達「ありがとう!」



  まだ、食事にありついていないいないようだ。


 良く考えてみるとこの子たちは、いつもこうやってお客達からご馳走

になっているのかも知れない。


 マスター公認なのだ、きっと!


 俺のおごりと見るや、嬉しそうな顔をして食事を注文し始めた。



  クリシュナは、そんな自分を誇らしげにして、テーブルに集ま

ってきた他の少年達にも食べろと指示し始めた。


 クリシュナは、御礼の意味からか、友達だという意味からか・・・自

分が首に掛けていた、木の実で作った数珠を俺に差し出してきた。



       クリシュナ「これ、やるよ。友達のしるしだ。」


         俺    「良いのかい?」


         クリシュナ「ああ!お前にやる。」


         俺    「本当に良いのかい。」


         クリシュナ「友達の印だ。俺の部屋が二階にあるん

                 だけど見るかい。」



  そういうと、俺の手を引っ張りながら、木製の階段をトントン

トンと駆け上がっていくではないか。


 彼の後をついて階段を上っていく。


 三階まで来ると、廊下がありその廊下の両脇にいくつもの部屋が並ん

でいた。


 その一つがクリシュナの部屋だった。



  日本で言う、住み込み従業員と言う奴である。


 ドアには9号室と書かれている。


 ドアを開けてビックリ。


 三畳間ほどの広さで、あるものは二畳の畳と寝る時に被る毛布が二

枚、そして空っぽの押入れがあるだけの部屋。


 壁にはネパールの人気者のポスターだろうか、古そうな写真が十数

枚、無造作に押しピンで張られてあった。



  部屋の中を一本のロープが渡されている。


 そこにわずかばかりの服が数着つるされている。


 これが彼の全財産なのである。


 日本の刑務所の方が、もっと住みよいだろうに、・・・・・とそのひ

どさに唖然としていると、壁にとめられていた写真を数枚はずすと、”こ

れ、お前にやる。お前は俺の友達だ。”と言って俺の手をとり、写真を握ら

せた。


 彼の目は、嬉しそうに笑っている。



  彼の部屋を見せてもらって、下に下りる。


 戻ると、彼はしつこく俺の住所を教えろと迫ってくる。


 クリシュナの住所を教えてくれた。



           ≪Mr.Krishna


             Don’t pass me By Restrant


               Jhochhentole Kathmandu Nepal≫



  そんなこんなで、話をしているうちに、髪の毛は伸ばし放題、

髭は伸ばし放題、服装は空手着、そして日本人という事で、俺がいつの間に

か日本の空手家で強い男という事になってしまっていた。


 少年達は、皆日本の柔道・空手を良く知っていて、クリシュナは得意

になって、俺の事を友達に話している。


 クリシュナは日本の空手家と友達だと自慢しているようなのだ。



  そんな時ちょっとしたことが起こってしまった。


 俺の持っていた100円ライターをクリシュナにやると、クリシュナは嬉

しそうにライターの火をつけたり消したりしていると、他のテーブルに座っ

ていた毛唐の一人がやってきて、”火を貸せ!”と言ったかと思うと、クリ

シュナが持っていたライターを取り上げてしまい、タバコに火をつけた後い

つまでも返そうとしないのである。



  クリシュナは悔しそうに俺の目を見るが、毛唐には何もいえな

いでいる。


 これを見ていた俺もカッ!ときて、・・・スクッ!と立ち上がると、

毛唐のいるテーブルまで行き、毛唐が返そうとしないライターを取り上げ

た。



       俺 「これは俺がクリシュナにやったもんだ。返し

             てもらうよ!」



  日本語でゆっくりと言い放った。


 毛唐は最初ムッ!としていたが、何もなかったかのように、同じテー

ブルの仲間達と話し始めたではないか。


 俺は毛唐が俺から目をそらしたのを確かめて、テーブルに戻った。


 それを見ていたクリシュナは大喜びで、・・・・仲間達に自慢げに大

声で喋り始めた。



  毛唐から大事にしているライターを取り戻してくれたことで、

ますます俺は強い男にされてしまったのだ。


 内心は冷や冷やもんだったのだが、そんなことはおくびにも出せな

い。


 ザンバラ髪に、口髭・顎鬚、そして武闘家が着る衣装の風体が毛唐を

威圧したのかも知れない。


 何とか、丸く収まってホッ!としたというのが、偽らざる気持ちだっ

た。



  今夜は彼らから優しさを貰った替わりに、俺は東洋人としての

誇りを彼らに与える事が出来たように思う。


 毛唐ばかりの客の中に、日本人が一人。


 その日本人のテーブルに少年達が集まってくる。


 ネパール最後の夜を楽しくさせてくれた、クリシュナたちネパールの

若者達よ、有難う!



  クリシュナに夕食をご馳走して、ビールを三本。


 祝杯をあげて、〆て37.5Rs(825円)。



                   *



       クリシュナ「いつ発つのか?」


         俺    「明日の朝だ。もう会えないだろう。」


         クリシュナ「これから何処へ行くのか?日本に帰る

                 のか?」


         俺    「いや!インドへ行く。Birganへね。」


         クリシュナ「明日、見送るよ。迎えに来てくれ。」


         俺    「朝、早いから。」


         クリシュナ「かまわないから!絶対だ

                よ。・・・・・約束だ!手紙も書いてよ

                ね。」


         俺    「ああ!書くよ。」



  変なことを約束させられてしまった。


 彼らに両親・兄弟なく、店主に雇われて、一ヶ月180Rs(4000円)が彼

らの収入だと言う。


 そこから、部屋代・食費を引かれてしまう。


 だからこそ、彼らは客から食事をご馳走してもらい、食費を浮かそう

として必死で頑張っているのだ。



  そして、仕事は給しだけとは違う。


 ハッシッシ・LSDを旅行者に売り込み、US弗の闇屋をして稼いでいる。


 そうすると、いくらかのボーナスが出ると言う。


 彼らと日本の若者達のどちらが・・・・幸せなのだろうか?



        俺 「See you again!」



  クリシュナたち!


  楽しい夜を有難う!


  握手をして外に出る。


  ちょっと顔が火照っているようだ。



  外は相変わらず雨が落ちている。


 通りは人も少なく、暗い。


 今までの騒ぎが嘘のように静かだ。


 こんな遅い夜は初めてだ。


 雨でぬかるんだ道を戻る。



  部屋に戻って、荷物の整理をして落ち着いて見ると、・・・・

なにやらしきりと身体が痒くなってきた。


 南京虫?


 痒くなった身体を調べてみると、30~40箇所赤い斑点が出来ている。


 痒い!


 でも、我慢するしかない。



  雨は止みそうもない。


 ネパールの音楽が、静まり返った暗闇の中に、深く響き渡っている。


 今夜のクリシュナ達との騒ぎが、まるで何十年も前に起こった出来事

のように思えてきた。




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